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東京地方裁判所 平成7年(ワ)12424号 判決

甲事件原告 甲山A夫

甲事件原告 甲山B子

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木國昭

乙事件原告 甲山C雄

右訴訟代理人弁護士 池原毅和

甲乙事件被告(亡甲山D郎訴訟承継人) 甲山E美

甲乙事件被告(亡甲山D郎訴訟承継人) 甲山F代

甲乙事件被告(亡甲山D郎訴訟承継人) 甲山G江

甲乙事件被告(亡甲山D郎訴訟承継人) 甲山H介

右四名訴訟代理人弁護士 山地義之

同 渡邉正昭

同 菅芳郎

右訴訟復代理人弁護士 杉本一志

甲乙事件被告 西武信用金庫

右代表者代表理事 乙川I作

右訴訟代理人弁護士 谷修

同 小原真一

主文

一  甲乙事件被告甲山E美は、甲事件原告甲山A夫に対し金一五七八万二一一七円、甲事件原告甲山B子に対し金二〇七八万二一一七円、乙事件原告甲山C雄に対し金二〇七八万二一一七円及び右各金員に対する平成六年九月一六日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  甲乙事件被告甲山F代は、甲事件原告甲山A夫に対し金五二六万〇七〇五円、甲事件原告甲山B子に対し金六九二万七三七二円、乙事件原告甲山C雄に対し金六九二万七三七二円及び右各金員に対する平成六年九月一六日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  甲乙事件被告甲山G江は、甲事件原告甲山A夫に対し金五二六万〇七〇五円、甲事件原告甲山B子に対し金六九二万七三七二円、乙事件原告甲山C雄に対し金六九二万七三七二円及び右各金員に対する平成六年九月一六日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

四  甲乙事件被告甲山H介は、甲事件原告甲山A夫に対し金五二六万〇七〇五円、甲事件原告甲山B子に対し金六九二万七三七二円、乙事件原告甲山C雄に対し金六九二万七三七二円及び右各金員に対する平成六年九月一六日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

五  甲乙事件被告西武信用金庫は、甲事件原告甲山A夫に対し金三〇〇〇万円、甲事件原告甲山B子に対し金四〇〇〇万円、乙事件原告甲山C雄に対し金四〇〇〇万円及び右各金員に対する平成六年九月一六日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

六  甲事件原告ら及び乙事件原告のその余の請求を棄却する。

七  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を甲事件原告ら及び乙事件原告の、その四を甲乙事件被告西武信用金庫の、その五をその余の被告らの各負担とする。

八  この判決は甲事件原告ら及び乙事件原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲乙事件被告らは、各自、甲事件原告甲山A夫に対し、金四一五六万四二三四円及びこれに対する平成六年九月一六日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  甲乙事件被告らは、各自、甲事件原告甲山B子に対し、金四一五六万四二三四円及びこれに対する平成六年九月一六日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  甲乙事件被告らは、各自、乙事件原告甲山C雄に対し、金四一五六万四二三四円及びこれに対する平成六年九月一六日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

(追加された択一的請求)

一  甲乙事件被告らは、各自、甲事件原告甲山A夫に対し、金四一五六万四二三四円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済まで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  甲乙事件被告らは、各自、甲事件原告甲山B子に対し、金四一五六万四二三四円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済まで年六パーセントの割合による金員を支払え。

三  甲乙事件被告らは、各自、乙事件原告甲山C雄に対し、金四一五六万四二三四円及びこれに対する平成八年九月二一日から支払済まで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、亡甲山J平の遺産である、別紙物件目録〈省略〉一の土地(以下「本件土地」という)につき、東京都との間で売買契約が締結され、売買代金が支払われた際に、その共同相続人の一人である長男亡甲山D郎(以下「D郎」という)が、同じく共同相続人である甲乙事件の原告らに無断で、売買契約を締結したうえ右売買代金を費消したとして、甲乙事件の原告らが、D郎の相続人である甲乙事件被告甲山E美(以下「被告E美」という)、同甲山F代(以下「被告F代」という)、同甲山G江(以下「被告G江」という)、同甲山H介(以下「被告H介」という)の四名(以下「被告E美ほか三名」という)と売買代金が振り込まれた口座を開設管理していた甲乙事件被告西武信用金庫(以下「被告金庫」という)に対し、不法行為あるいは債務不履行に基づく損害の賠償(但し、被告金庫に対しては予備的に不当利得に基づく返還も含む)を求めた事案である。

二  争いのない事実等の前提となる事実(証拠で認定した事実については、括弧内に当該証拠を表示した。)

1  本件土地の分筆前の土地である別紙物件目録〈省略〉二の土地(以下「分筆前の土地」という)は、もと亡甲山J平が所有していた。同人は昭和三五年八月六日死亡し、同人の妻甲山K子(以下「K子」という)と、長男D郎、長女甲山L美、二男甲事件原告甲山A夫(以下「原告A夫」という)、三男乙事件原告甲山C雄(以下「原告C雄」という)及び二女甲事件原告甲山B子(以下「原告B子」という)の五名の兄弟姉妹が、それぞれ法定相続分に応じて共有取得し、その後長女甲山L美の死亡により、同女の持分をK子が相続により取得した結果、K子の共有持分は一五分の七、D郎及び原告らの共有持分はそれぞれ一五分の二となった。

2  平成二年頃から、東京都は神田川改修工事に伴う土地収容計画を公表して説明会を開くなどしていたが、右改修計画に伴い、本件土地の収容計画が明らかになったため、平成三年一〇月一〇日、原告らを含む本件土地の共有者全員がD郎宅に集まり、その席上、原告ら及びK子は、D郎から土地収容に当たっての東京都との契約交渉窓口を一本化する必要があると言われ、D郎に対し右契約交渉事務を行うことを委任することとし、白紙委任状を作成し、これをD郎に交付した(右原告らを含む集まりを以下「本件家族会議」という)。その際、D郎は、委任状作成の見本として、同人名義の委任状を示したが、そこには委任事項として東京都との間の土地収容問題について委任する趣旨が記載されていた。〈証拠省略〉

3  平成五年二月ころ、原告らは、D郎に対し、それぞれ自己の実印と印鑑カードを渡した。〈証拠省略〉

4  D郎は、当時、株式会社a(以下「a社」という)の代表取締役として同社を経営していたが、後記5のとおり、同社はかねてより被告金庫に借入金債務が存し、銀行取引があった。東京都との間の契約交渉が煮詰まった平成五年二月頃、D郎は、被告金庫に対し、近々本件土地の売買代金が入金されること、同代金は各売主(共有者)が指定した金融機関の個別の取引口座に送金する方法により支払われること、同代金が入金されたときは、同金員をもってa社の債務の返済に充てたいこと、その為には、被告金庫に新規に原告ら及びK子の取引口座を開設する必要があることを申し入れた。被告金庫は右D郎の申し入れに応じることにした。そこで、D郎の妻である被告E美は、D郎の指示に基づき、平成五年二月二三日、原告ら及びK子の普通預金口座開設の申込書・印鑑届けを作成して、被告金庫鷺宮支店に原告ら及びK子の普通預金口座を開設した。〈証拠省略〉

5  a社は、亡J平が昭和二八年頃に設立した株式会社であり、靴下の製造を業としていたが、昭和三五年にJ平が亡くなって以降はK子が代表取締役に就き、その後平成元年九月にD郎が代表取締役に就任した(なお、登記は平成二年六月)。同社は分筆前の土地と同土地に隣接する同所〈省略〉の土地(共有者及び共有割合は分筆前の土地と同じ)の二筆の土地約五〇〇平方メートル(約一五〇坪)上に五階建てのビルを所有し、一階から四階までは会社が使用し、五階をK子ら甲山家の家族の居室として使用していたほか、隣接して三階建の建物も所有し、これを会社の倉庫等として使用し、さらに同一敷地内にはK子所有の木造二階建の建物もあり、一時はD郎夫婦も居住しており、原告ら、K子及びD郎の甲山家の家族全員がa社の業務になんらかの形で係わっていた。〈証拠省略〉

6  D郎は、平成五年二月二五日、東京都の間で、自己の共有持分については本人として、原告ら及びK子の持分については代理人として、本件土地を代金三億一一七三万一七六〇円で売却することを合意し、東京都は、同年三月二五日、右売買代金を被告金庫鷺宮支店の前記原告らとD郎及びK子名義の普通預金口座に共有持分割合に応じた代金額(K子については一億四五四七万四八二四円、D郎について四一五六万四二三四円、原告らについても、それぞれ四一五六万四二三四円宛)を送金して支払った。なお、右送金に当たっては、D郎は、原告ら及びK子の実印を使用して原告ら及びK子作成名義の振込依頼書を作成してこれを東京都の担当者に交付した。〈証拠省略〉

7  被告E美は、D郎の指示に基づき、平成五年四月六日、K子につき一億四七七〇万円、D郎と原告らそれぞれにつき一〇〇〇万円の各人名義の普通預金払戻請求書を作成して被告金庫に提出し、原告らとD郎及びK子の前記普通預金口座から払戻を受けた合計一億八七七〇万円をa社の当座預金口座に入金した。右当座預金に入金された一億八七七〇万円は、前記a社の被告金庫に対する債務に充当された。また、その際被告E美は、原告ら名義の前記土地売却代金の残金各三一五六万四三三四円(但し、うち一〇〇円は口座開設金)については、いったん原告ら名義の定期預金とした。その後、被告E美は、D郎の指示に基づき、原告A夫名義の定期預金につき、平成五年七月一四日に一〇〇〇万円、同年一〇月四日に二〇〇〇万円、平成六年九月一六日に一八八万二六四九円を、原告B子名義の定期預金につき、平成五年一〇月四日に三〇〇〇万円、平成六年九月一六日に一九二万四九三九円を、原告C雄名義の定期預金につき、平成五年一〇月四日に三〇〇〇万円、平成六年九月一六日に一九二万四九三九円を、それぞれ払戻し、このうち平成五年一〇月四日の各払戻分(合計八〇〇〇万円)は、別途D郎名義の口座から払い戻された三〇〇〇万円と合わせて、a社の再建を図るための資金に充てるため、被告金庫鷺宮支店のK子名義の口座の定期預金として振替入金された。また、原告A夫名義の定期預金につき、平成五年七月一四日に払い戻された一〇〇〇万円は、原告A夫に渡された。なお、これらのa社の被告金庫に対する債務への充当は、いずれもD郎の指示に基づきなされた。〈証拠省略〉

8  D郎は、平成七年八月五日に死亡し、妻である被告E美と子である被告F代、被告G江及び被告H介の四名がD郎を相続した。その法定相続分は被告E美が二分の一、被告F代、同G江及び同H介はそれぞれ六分の一である。(弁論の全趣旨)

三  争点及び争点に関する当事者の主張

1  東京都との間での本件土地の売買契約の締結、その代金の受領のための原告ら名義の被告金庫鷺宮支店の普通預金口座(以下「本件普通預金口座」という)の開設及び代金の同普通預金口座への振込依頼並びに同普通預金口座からの預金の払戻、K子名義の口座への振替及びa社の債務への充当につき、D郎はどのような権限を有していたか。

(原告ら)

原告らは、平成三年一〇月一〇日、D郎から、東京都による土地買収に当たっての東京都との契約交渉窓口を一本化する必要があると言われ、D郎に対し右契約交渉事務を行うことについて、白紙委任状を交付して委任したものであり、東京都との間での売買契約に関する代理権を授与したことはないし、売買代金受領のための口座開設と売買代金の振込依頼についての権限をD郎に与えたこともない。まして、D郎に右売買代金を払戻してこれを費消し、あるいはK子名義の口座に振替入金し、もしくはa社の債務へ充当する権限を与えたものではない。右売買契約の締結、本件普通預金口座の開設及び売買代金の振込依頼は、いずれもD郎あるいはその指示を受けた被告E美が原告らの実印等を冒用して、原告らに無断で行ったものであり、いずれも無権代理行為である。

もっとも、原告らは、D郎の本件土地売買契約の締結、本件普通預金口座の開設及び同口座への振込依頼のための各代理権の不存在については、これを追認し、代理権の存在自体については争わない。

(被告ら)

東京都との間での本件土地の売買契約の締結、その代金の受領のための本件普通預金口座の開設及び代金の同普通預金口座への振込依頼並びに同普通預金口座からの預金の払戻、K子名義の口座への振替及びa社の債務への充当は、いずれも原告らの委任に基づきなされたもので、D郎の無権代理行為ではない。

すなわち、東京都との間で本件土地の売買交渉が動き始めた平成三年当時、原告らはD郎からa社の被告金庫に対する債務が二億円以上になっていることを聞かされており、東京都に本件土地を売却した代金をa社の被告金庫に対する債務の返済に充てることを了解していたもので、前記白紙委任状をD郎に交付するに当たっては、本件土地の東京都への売却とその代金をa社の被告金庫に対する債務の返済に充てるために必用な事柄についてD郎に包括的に委任していたものというべきである。そして、本件土地の東京都への売却に当たっては、本件土地に対する被告金庫の根抵当権を先行抹消させることが前提条件であり、原告らがD郎に付与していた前記包括的な権限には、右根抵当権の先行抹消のための交渉に関する権限も含まれていたというべきである。

なお、原告らは、D郎のした代理行為のうち、本件土地売買契約の締結、本件普通預金口座の開設及び同口座への振込依頼のための各代理権の不存在については、これを同普通預金口座からの預金の払戻及びa社の債務への充当の代理権と切り離して、その部分のみ追認すると主張するが、右は追認権の濫用にほかならない。

2  前記D郎の権限との関係で、D郎及び被告金庫につき債務不履行あるいは不法行為責任が認められるか。

(原告ら)

D郎は前記のとおり、原告らからの委任の範囲を越えて無権代理行為を行ったものであり、その結果原告らは、本件売買代金相当額の損害を被ったものであり、右D郎の行為は、不法行為あるいは右委任契約の債務不履行に当たるというべきである。

被告金庫鷺宮支店の丙谷M吉支店長は、原告ら名義の本件普通預金口座の開設依頼が被告E美を通じてなされた際に、口座開設名義人の意思確認を一切していないし、その後の払戻請求の際やa社の被告金庫の債務への充当の際にも原告らの意思確認は一切行っていない。丙谷M吉支店長は、原告らに会う等してその意思を確認することは容易であったにもかかわらず、D郎の説明と同人が提示した白紙委任状を一方的に信じて右払戻及び債務への充当を行ったものであり、これらの行為がD郎の無権代理行為である以上、被告金庫には金融機関として行うべき調査義務を怠り、原告らの意思確認を行わなかったことに過失があり、不法行為責任を免れないし、また、普通預金口座開設による銀行取引契約の債務不履行があるというべきである。

(被告ら)

原告らは、本件土地の売買契約の締結、その代金の受領のための本件普通預金口座の開設、代金の同口座への振込依頼、同口座からの預金の払戻、同口座からK子の口座への振替及び代金のa社の債務への充当の一連の行為すべてをD郎に一任していたもので、D郎の行為は無権代理行為ではない。

(被告金庫)

仮に、D郎の行為が無権代理行為であったとしても、a社が甲山家の同族会社で、本件土地売買当時被告金庫からの借り入れが増大し経営状態も思わしくなく、本件土地の売買代金による債務の返済は千載一遇の好機であり、それらの事情を原告らも知っていたのであり、しかも本件土地には実質的にみてa社の借地権が存すると認められることや、後記主張のとおり、東京都との売買に当たって被告金庫の根抵当権の抹消が欠かすことができないといった事情からすると、D郎が原告らからa社の債務への充当を含めすべて一任されていると説明したことを信じた被告金庫には過失はない。

3  本件土地に被告金庫の根抵当権が設定されていた関係で、東京都からの本件土地売買代金については、当然に被告金庫の抵当権の被担保債務の弁済に充当されると解すべきか。

(被告ら)

本件土地には、従前からa社を債務者として被告金庫の極度額合計四億二五〇〇万円の根抵当権が設定されており、東京都としてはこの根抵当権が先行抹消されない限り売買代金を支払わないこと並びに被告金庫としては本件土地の売買代金を以てa社のすべての債務が弁済されない限り根抵当権の先行抹消には応じられないものであることを前提とすると、本件土地の売買代金は、本来本件土地の代位物(民法三七二条、三〇四条)として、あるいは東京都から根抵当権者である被告金庫に対する代価弁済(民法三七七条)として支払われたものとみることもでき、原告らには本件土地の売買代金を請求する権利はないというべきである。

(原告ら)

被告金庫がa社を債務者として根抵当権を設定していたのは本件土地に限られず、ほかに分筆前の土地と隣接する一団の土地等があり、右一団の土地の地積は本件土地を除いた分でも三八七平方メートル余りが残り、右残地部分だけでも、本件土地の売買代金を基準にすると九億九八一二万円の担保価値があることになり、残余物件の担保価値が十分にあることからすると、被告金庫が当然に本件土地の売買代金から融資金を回収する必要性は認められない。しかも、a社は、原告ら個人に支払われる土地代金の他に、子会社であるb株式会社(以下「b社」という)分も含め、合計一億六八〇〇万円の移転保証金を得るのであるから、まず自らが支払いを受ける右保証金分をもって自らの債務の返済に充てるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(D郎の権限)について

1  前提事実によれば、東京都と原告ら、K子及びD郎の間の本件土地の売買契約は、D郎が原告ら及びK子の代理人として締結したものであるところ、右売買契約締結のためのD郎の代理権の有無については、D郎から契約交渉窓口の一本化のためと言われたとはいえ、原告らは、東京都との間で本件土地の売買が問題となっていることは承知の上でD郎に白紙の委任状を交付し(原告A夫は、本件家族会議の席上で東京都に土地を売ることについては誰も反対ではなかったと述べている。同人の本人調書六四参照)、さらにその後D郎の言うままに実印及び印鑑カードも交付しているものであり、D郎が原告ら兄弟姉妹の一番年長の長男であり、当時甲山家のいわば家族会社ともいうべきa社の代表取締役をしており、実質的に甲山家の中心的存在として家族全体を取り仕切っていたこと(甲一一、原告A夫、原告B子、弁論の全趣旨)も併せ考慮すると、原告らの前記委任の趣旨は、東京都との間での本件土地の売買に関し、原告らそれぞれの持分についての売買契約締結に関する代理権をD郎に与えたのみならず、本件土地の原告らの持分の東京都への売買に関する権限を包括的にD郎に委ねたものとみるべきである。そして、右包括的権限には、原告らの取得する売買代金の管理のために預金口座を開設し、同口座に売買代金を振り込ませたうえこれらの預金を管理する権限も含まれるものと解するのが相当である(これらの行為は原告らの取得する売買代金に関する保存行為ないしはその性質を変えない限度での利用行為とみることができる。民法一〇三条参照)。

そうであるとすれば、東京都との間での本件土地の売買契約の締結、その代金の受領のための本件普通預金口座の開設及び代金の同普通預金口座への振込依頼については、いずれもD郎にこれらを行う権限があったとみるべきである(原告らは、一方でD郎に委任したのは東京都との間の交渉窓口としての権限だけであると主張していながら、D郎に右各権限がなかったとしても、これを追認し、その効力自体は争わないとしているが、結局、本件で認定された事実関係からすると、当初の委任の趣旨自体に右各権限が含まれると解すべきである。)。

2  ところで、被告らは、原告らがD郎に委任した際の状況からすると、原告らはD郎に本件土地の売買代金の受領、管理に止まらず、右売買代金をもって、これをK子の口座に振替えあるいはa社の被告金庫に対する債務の返済に充当することについても一任していたとみるべきであると主張するので検討する。

確かに、前記平成三年一〇月一〇日の本件家族会議の当時、原告らは甲山家の家族会社ともいうべきa社に被告金庫に対する二億円以上の借受金があることを知っており、本件家族会議の席上、D郎が原告らに対し、東京都に本件土地を売却できればその売買代金でa社の債務を返済したいとの説明があったことについては、原告A夫及び原告B子の各供述中にもこれに沿う部分があり、原告A夫及び原告B子自身も、本件土地売買代金の一部を被告金庫に対するa社の債務の弁済に充てることまでは予想していたと述べている〈証拠省略〉。

しかし、一方で、原告A夫は、「a社が自ら取得する補償金である程度は借金を返せるだろうと認識していた」(原告A夫本人調書一三五ないし一三七)、「本件土地売買代金の一部を被告金庫に対するa社の債務の弁済に充てるかどうかは、売買代金額が分かってから決めるつもりだった」(原告A夫本人調書一四三ないし一四五)、「a社に入ったお金と甲山家の家族の個人に入ったお金のいずれかで返済するかについてはD郎から一切説明を受けていない」(原告A夫本人調書一五八、一五九)と述べ、原告B子も、「本件売買代金を何に使うかD郎に任せるというような話は出ていない」「本件土地の売買代金でa社の債務の返済に充てることに協力しなければいけないとは思っていたが、具体的な話までは考えていなかった」(原告B子本人調書一七、一八頁)と述べていることに加え、平成六年八月頃、原告B子から本件土地売買代金のことを聞かれたD郎が被告E美に書かせて原告B子に交付したメモ(甲第一〇号証)には、本件土地の売買代金は総額一億三二〇〇万円であり、a社の債務三億七〇〇〇万円に比して二億三八〇〇万円が不足するとの虚偽の記載があるといった事実(甲第一〇号証、原告B子及び被告E美各本人尋問の結果により認められる。)も併せ考慮すると、原告A夫及び同B子の当法廷における供述やその陳述書からただちに原告らがD郎に対し、本件白紙委任状を交付することによって、本件土地売買代金をK子の口座に振替入金しあるいはa社の被告金庫に対する債務の返済に充当することについてまで委任していたとみることは困難である。そして、ほかに家族会議の場等において原告らがD郎に対し、そのような権限を与えたことを認めるに足る証拠はないし(なお、丙二二号証、証人丁沢N代及び証人丙谷M吉の各証言中には、原告らがD郎に対し東京都からの本件土地売買代金をもってa社の被告金庫に対する債務を返済することを一任していたかのごとく述べる部分があるが、右両証人は本件家族会議の席に出席していたものではなく、その内容はいずれもD郎からの伝聞に過ぎず、前記原告A夫及び同B子の供述と対比すると、これらの証拠をもって右権限がD郎に与えられていたとまで認めることはできない。)、その後、D郎が、本件土地の売買契約の契約書の具体的内容を提示するなどして、原告らに対し、具体的な売買代金額等契約内容の具体的説明をし、あるいは、原告ら名義の本件普通預金口座の開設及び売買代金の振込依頼ないしは口座への入金につき原告らに説明するなどして、本件土地売買代金をK子名義の口座に振替入金しあるいはa社の被告金庫に対する債務の返済に充当することについて原告らの了解を得たことを認めるに足る証拠もない(原告らは一貫してそのような説明すら一切なかったと主張し、原告A夫及び同B子の供述はこれに沿うものである。)。

そうであるとすれば、前述のように本件普通預金口座の開設及び同口座への売買代金の振込依頼については、原告らの取得する売買代金に関する民法一〇三条でいう保存行為ないしはその性質を変えない限度での利用行為と解することはできるが、K子名義の口座への振替入金あるいは第三者であるa社の被告金庫に対する債務の返済への充当は、原告らの取得した売買代金の処分行為にほかならず、民法一〇三条の趣旨からしても特別の授権が必要というべきところ、前記の経緯に照らすと、原告らが白紙委任状、実印及び印鑑カードをD郎に交付したことをもってそのような特別の授権があったとまで認めることはできず、ほかにそのような特別の授権を認めるに足る証拠も存しない。

なお、被告らは、本件土地の東京都への売買に当たっては、原告らはD郎に対し、被告金庫の本件土地に対する根抵当権を先行抹消するための交渉権限を与えていたと主張する。確かに、甲第二号証によれば、本件土地の東京都への売買に当たっては、被告金庫の本件土地に対する根抵当権を先行抹消する必要があったことが認められるから、原告らがD郎に付与した代理権の範囲に右交渉権限を含むと解することはできるというべきである。しかし、前示のとおり、D郎に対する特別の授権が認められない以上、右交渉権限が、原告らの取得する売買代金をD郎が自らの判断で自由に処分することができるとする権限までも含むものと解することはできない。

二  争点2(D郎及び被告金庫の債務不履行ないしは不法行為責任の有無)について

1  D郎の債務不履行ないしは不法行為責任

前記一で認定したことから明らかなとおり、D郎が、原告らの取得した本件土地売買代金をa社の被告金庫に対する債務の返済に充当し、または第三者であるK子の口座へ振替入金し、あるいは原告らの預金口座から下ろした金員を原告らに交付せずに費消した各行為は、いずれもD郎の無権代理行為と認めざるを得ず、そうであるとすれば、D郎は故意に権限を濫用したか、あるいは原告らから白紙委任状の交付を得たことにより原告らの了承を得たものと誤信して右各行為を行ったかのいずれかであるところ、前記認定のとおり、平成六年八月になって原告B子に対し虚偽の内容を記載したメモ(甲第一〇号証)を交付していることからすると、故意に権限を濫用した疑いを拭えないというべきであり、いずれにしても右行為によって原告らが被った損害の賠償責任があることは明らかである。そして、右原告らが被った損害は、原告A夫については、三一五六万四二三四円、原告B子及び原告C雄についてはそれぞれ四一五六万四二三四円と認めるのが相当である。

なお、原告A夫については、東京都から支払われ本件普通預金口座に入金された金額が四一五六万四二三四円と認められるところ、前記第二の二の7のとおり、そのうち一〇〇〇万円を自ら受領していると認められるのでその分を減額したものである。

また、原告B子については、被告E美他三名の主張によれば、その居宅分として、二六五六万円余が支出されているとのことであり(被告E美他三名の平成八年二月二七日付け準備書面参照)、甲第一四号証及び原告B子本人尋問の結果によれば、現在原告B子が二階部分に居住している目黒区〈以下省略〉の二階建居宅については、平成六年五月に新築された際に原告B子とK子の共有名義(原告B子の持分四分の三)となっていることが認められる。しかし、原告B子の供述によれば、これらの手続は一切がD郎によってなされ、原告B子は関知していないというのであるから(原告B子本人調書二六ないし三一頁参照)、右建物の新築及び登記の事実をもってただちに東京都からの売買代金が原告B子へ支払われたものとまで認めることはできない。

以上の次第であって、D郎は、原告A夫に対しては三一五六万四二三四円、原告B子及び原告C雄に対してはそれぞれ四一五六万四二三四円の損害賠償義務を負うというべきであり、これを相続した被告E美他三名は、法定相続分(被告E美が二分の一、その他の三名はいずれも六分の一)に応じて右D郎の損害賠償義務を負担するというべきである。

2  被告金庫の債務不履行ないしは不法行為責任

前記認定のとおり、D郎が、原告らの取得した本件土地売買代金をa社の被告金庫に対する債務の返済に充当し、または第三者であるK子の口座へ振替入金し、あるいは原告らの預金口座から下ろした金員を原告らに交付せずに費消した各行為については、D郎あるいはその使者である被告E美には権限は存しなかったと認められるところ、この点を看過して預金の払戻し等に応じた被告金庫に責任が存するか否かにつき検討する。

〈証拠省略〉によれば、被告金庫はa社のいわばメインバンクとして、その経営状態に関心をもっていたところ、丙谷が支店長に就任した平成二年当時から、既にa社は被告金庫に対し多額の借受金がある一方で靴下の加工業自体が赤字経営にあったため、経営状態は苦しかったこと、平成五年になって本件土地の売買代金が東京都から支払われるに当たり、本件土地に被告金庫の設定していた根抵当権の登記の抹消が必要となり、丙谷はD郎からa社の再建ないしは経営安定のためにも右売買代金をもって被告金庫に対する債務の支払いに充てたいとの申し入れを受けたこと、同年二月、右売買代金の支払いを受けるために本件普通預金口座の開設が必要となったが、その際丙谷は、D郎から原告ら及びK子の白紙委任状を見せられ、D郎から、原告ら及びK子から右売買代金の使途については、a社の債務の返済に充当することも含めすべて一任されており、その手続についても一切を委ねられているとの説明を受けたこと、その後前記認定のとおり、D郎の妻である被告E美が、平成五年二月二三日、原告ら及びK子の普通預金口座開設の申込書・印鑑届けを作成して、本件普通預金口座を開設したこと、右口座開設に当たっては、原告らの届出印は同一の印鑑が使用されたこと、一方、本件売買に伴い被告金庫の本件土地に対する根抵当権の先行抹消が必要となり、丙谷は東京都の第三建設事務所の用地課に出向いて売買代金が確実に支払われるかを確認し、さらにD郎にも確認したうえで右根抵当権の先行抹消の稟議書を上げたこと、これらの手続を行なうに当たって丙谷は右D郎の原告ら及びK子からすべてを一任されているとの説明を信じ、原告らに対する直接の確認は行なわなかったこと、その後、右売買代金をa社の被告金庫に対する債務の返済に充当する手続は、丙谷から後任の支店長である戊野に引き継がれたが、戊野もD郎に再確認したのみで原告らに対する確認は行なわなかったこと、これらの手続を経て、最終的には、原告らへ支払われた売買代金の大半がK子名義の預金口座に振替入金されあるいはa社の被告金庫に対する債務の弁済に充当されたことがそれぞれ認められる(なお、右K子名義の預金口座に振替入金された合計八〇〇〇万円は、前記第二の二の7で認定したとおり、a社の再建を図るための資金とするために入金されたものである。)。

ところで、被告金庫は、仮に、D郎の行為が無権代理行為であったとしても、従前からの取引の経緯に照らし、a社が甲山家の同族会社で、本件土地売買当時被告金庫からの借り入れが増大し経営状態も思わしくなく、本件土地の売買代金による債務の返済は千載一遇の好機であり、それらの事情を原告らも知っていたのであり、しかも本件土地には実質的にみてa社の借地権が存すると認められることや、東京都との売買に当たって被告金庫の根抵当権の抹消が欠かすことができないといった事情からすると、D郎が原告らからa社の債務への充当を含めすべて一任されていると説明したことを信じた被告金庫には過失はないと主張するので検討する。

確かに、原告らが当時a社の経営状態が思わしくないことを知っていたであろうことは推認できるし、また、支店長の丙谷がD郎から白紙委任状を示されたこと、本件売買代金の支払いに当たっては被告金庫の根抵当権の抹消が必要であったことは事実である。しかし、委任状が白紙であるということは、一方でD郎の代理権の範囲の定めがなかったとみる余地があり、本件のような原告らの取得した本件土地売買代金をa社の再建資金に充てるためにK子名義の口座に振替入金しあるいはa社の被告金庫に対する債務の返済に充当するといった処分行為については、本人が了解しているかどうか確認すべきであるとも言えるし、また、D郎についてはa社の債務の連帯保証人であるのに対し、原告らは保証人ではなく、そのことは被告金庫においても承知しているはずであるから、いわばD郎と原告らは利益相反の関係にあり、その意味でもD郎が代理行為をするに当たっては原告らに確認する等の慎重な扱いが必要であったとも言えるのである。そして、前記認定のとおり丙谷自身が東京都に対してはわざわざ出向いて本件土地等に対する補償の件を確認しているといった事情と対比しても、本件においては原告らの意思の確認自体は決して困難であったとは思われないのである。

さらに、原告らの口座開設に当たっては、原告らの届出印は同一の印鑑が使用されるなど銀行取引としては極めて異例であり、そのことについては、証人丙谷は、D郎の説明を信じた結果であるとはするものの、同一の印鑑を使用すること自体が異例の措置であることは認めているのである(丙谷の証人調書一二七ないし一三二参照)。

これらの点に関し、証人戊野は、原告らへの確認を行なわなかった理由につき、一般的な処理ではないことを認めたうえで、実質的にはa社の借地権があったこととa社の債務への充当が根抵当権の抹消に伴う当然の措置であることを理由として上げている(戊野の証人調書七〇参照)。しかし、本件売買代金が実質的にはa社の借地権に対する補償とみるべきであるという点については、丙谷が東京都に確認に出向いた際に示した丙一〇号証の五によれば、「土地売買代金は、共有者の配分又はa社も含めた借地権消滅補償契約の相手方にお支払いします。」との記載があるのにもかかわらず、丙谷自身は、借地権消滅補償契約の具体的内容の確認については、D郎に一任されているとのD郎自身の説明を信用したというだけで、関係者に対する確認は行なっていないのであるから(丙谷の証人調書七七ないし八五参照)、最終的に原告ら名義で売買代金が支払われている以上、確認をしないことを正当化する理由とはなりえないものである(なお、丙谷は、原告らに権利があったこと自体は認めている。同人の証人調書一三三)。

また、根抵当権の抹消の問題についても、〈証拠省略〉によれば、被告金庫とa社の銀行取引は、遅くとも昭和四七年頃から始まり、平成五年三月当時の被告金庫のa社に対する貸付金の額は、手形割引金八一八〇万円余を除くと二億八三五〇万円余になっていたこと、右a社の債務を担保するために、被告金庫は、分筆前の土地、同土地に隣接する同所〈省略〉の土地、右各土地上のa社所有の鉄筋コンクリート造陸屋根五階建寄宿舎・工場及びK子所有の木造セメント瓦葺二階建居宅、都内目黒区〈以下省略〉所在の借地権付建物、栃木県小山市内の土地建物などを共同担保として極度額合計四億五五〇〇万円の根抵当権を設定していたことが認められ、さらに〈証拠省略〉によれば、本件土地の売買代金の他、主債務者であるa社は、東京都から、子会社であるb社分も含め、合計一億六八〇〇万円の移転補償金をうけていることが認められる。そうであるとすれば、本件土地は右分筆前の土地の一部で、面積的にみても三分の一程度であるのだから、当事者間での合意があるのであれば格別、本件土地の売買代金全額が当然に右a社の債務の弁済に充てられるという関係にあったとはいえないというべきであり(右a社の支払いを受ける移転補償分をまずa社の債務の弁済に充当し、あるいは、一定額の債務を残して本件土地の根抵当権を抹消するといったことも交渉次第によってはありえたというべきである。)、この点は前記第二の二の7で認定したとおり、原告らの取得した売買代金のうち直接a社の債務の弁済に充当されたのは合計三〇〇〇万円に過ぎず、八〇〇〇万円はa社の再建資金ということでK子名義の口座に振替られ、一〇〇〇万円については、最終的に原告A夫に渡されていることからも明らかである。

以上のとおりであって、金融機関である被告金庫としては、被告金庫のa社に対する債務の連帯保証人であるD郎を代理人として、原告らの取得した売買代金を右a社の債務の弁済に充当し、あるいは第三者であるK子名義の預金口座に振替入金するに当たっては、白紙委任状を確認しただけでは足りず、原告らに対しその意思の確認を行うべき義務があり、また、右意思の確認を行うことは決して困難なことではなかったと認められるにもかかわらず、被告金庫はそのような確認を怠り、D郎の説明を信じてその権限の内容を調査することなく、原告らの取得した売買代金をa社の被告金庫に対する債務の弁済に充当しあるいはa社の再建資金に充てることを承知のうえでK子の口座に振替入金したのであるから、そのことについては被告金庫に過失があったというべきであり、その結果、原告らはその取得した売買代金につき、原告A夫は三〇〇〇万円、原告B子及び原告C雄はそれぞれ四〇〇〇万円の各損害を被ったと認められるから、被告金庫は、これらの損害につき原告らに対し、民法七〇九条の不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである。そして、右被告金庫の不法行為と前記D郎の不法行為は共同不法行為と認められるから、被告金庫の原告らに対する損害賠償義務とD郎の原告らに対する損害賠償義務は重なり合う限度で不真正連帯債務と解すべきである。

なお、原告らは被告金庫の不法行為に基づく損害額は、原告らそれぞれに対し、四一五六万四二三四円であると主張するが、前記第二の二の7で認定したとおり、原告らの取得した売買代金のうち、a社の被告金庫に対する債務に充当されたのは、原告らそれぞれにつき一〇〇〇万円であり、またK子名義の口座に振替入金されたのは原告A夫分が二〇〇〇万円、原告B子及び原告C雄分はそれぞれ三〇〇〇万円で、その余はD郎の指示に基づき被告E美によって原告らの口座から引き出されているところ、口座からの預金払戻の限度では、D郎ないしは被告E美の権限に含まれるとみる余地があり(前記第三の一の1のとおり、原告らの取得した本件土地の売買代金については、D郎にその管理権限があったと認められる。)、右払戻分については、その使途等につき被告金庫が関与したと認めるに足る証拠もないから、被告金庫の不法行為とは認められないというべきである。もっとも、D郎が原告らには無断で、自ら費消するために払戻しをしたとすると、権限外の行為とみる余地も残るが、その場合でも、D郎に預金口座自体の管理権限を認める以上、外形的に原告らに交付するための払戻しとの区別が困難であることからすると(現にそのうち一〇〇〇万円は原告A夫に渡っている。)、その使途等につき関与しあるいはその背任的意図を知ることができたと認められない限り、被告金庫につき過失責任を問うことはできないと解すべきところ、その使途等につき関与した事実が認められないのは前示のとおりであり、前記認定の本件の経緯に照らしても被告金庫につきD郎の背任的意図の存在を知ることができたとまで認めるに足りる証拠もない。

また、被告らは、前記第二の三の3記載のとおり、本件土地に被告金庫の根抵当権が設定されていた関係で、東京都からの本件土地売買代金は、当然に被告金庫の根抵当権の被担保債権の弁済に充当されると解すべきである旨主張するが、前記のとおり、本件土地は当時被告金庫が根抵当権を設定していた土地の一部であることからしても、当然に本件土地売買代金が被告金庫の根抵当権の被担保債権の弁済に充当されると解する余地はなく(現に、被告金庫は平成一〇年一二月一一日付け準備書面一の1で、平成五年三月一二日に東京都からa社の当座に入金された一億二〇〇〇万円余りの補償金がa社の債務に充当され、原告ら及びK子の取得した本件土地売買代金一億一〇〇〇万円がa社の債務に充当されないまま残ったとしている。)、この点に関する被告らの主張は採用できない。

第四結論

以上の次第で、原告らの請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判官 西岡清一郎)

〈以下省略〉

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